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県営中山間地域総合整備事業 鳥居本西部地区

平成18年度に着工しました、彦根市鳥居本町、佐和山町、宮田町地先の中山間地域総合整備事業「鳥居本西部地区」が平成24年度で事業完了しました。

当地区は、彦根市の東北部に位置し、一級河川矢倉川、小野川によって形成された扇状の沖積平野が氾濫原、後背湿地として広がっており、中山間地形となっています。

地域内には国道8号、名神高速道路、東海道新幹線、JR琵琶湖線、近江鉄道などの主要な交通が多く通過し、昔より交通の要衝となっていますが、林野率が54%と高い典型的な農山村地域です。
当地域の営農は稲作が中心ですが、近年、山間地の条件不利と耕作者の高齢化により耕作放棄地が増加の一途をたどっており、また、農地や水路、農道等の整備はできておらず、昔ながらの零細な経営による農業が営まれていました。

こうした状況を脱するため、本事業により農地や水路、道路などの生産基盤の整備が行われました。

農地整備状況
農道整備状況

整備された水田と農道

用水路整備状況
排水路整備状況

整備された用水路と排水路

揚水機場整備状況
用水貯水池全景

整備された揚水機場と用水貯水池

各施設の写真

事業の概要

事 業 名 :県営中山間地域総合整備事業
事業期間:平成18年度~平成24年度
工事内容:区画整理工
  • 整 地 工 -----------26.2ha
  • 用水路工 ----------3.90km
  • 管水路工 ----------2.40km
  • 排水路工 ----------4.89km
  • 農 道 工 ----------4.83km
地区
地区全体

図:鳥居本西武地区の事業区域(着色部分が事業対象区域)

地区の概要

  • 本地区は彦根市の東北部にあり、鈴鹿山系の北端から琵琶湖に向かって広がる中山間地域*1です。地区周辺には、国道8号線、名神高速道路、JR東海道本線、近江鉄道などの幹線交通網が存するとともに、古来より交通の要衝として栄えた中仙道の鳥居本宿などと隣接しており、豊かな自然環境に加え、歴史的、文化的な風情が息づいています。
  • 本地区の農業は、水稲中心に小麦、大豆などを栽培しています。しかし、傾斜地といった生産条件が不利なうえ、耕作者の高齢化も重なり、事業着手時の耕作放棄地率は当地区農地の3割に上っていました。
放棄地

図:耕作放棄地の状況(平成13年11月時点の耕作放棄地を赤色で着色) 

  • こうした地域農業の危機的状態を改善するため、本地区は、農業生産基盤を整備し、農業生産の効率化や高度化を図り、農業経営の安定化を目指しています。 

1:中山間地域:主に農業分野で使用される用語である。農業地域類型は、土地利用の側面から、1都市的地域、2平地農村地域、3中間農業地域、4山間農業地域に分類されるが、中山間地域は、3と4をあわせたもので、人口減少率、高齢者率、耕作放棄率が高い条件不利地域が多い。

事業前後の状況

  • 平成19年度より開始した区画整理は、平成22年度におおむね完了しました。 (赤線は当地区の一部の事業範囲を示しています。)

区画整理前(平成19年8月20日撮影)

施工前

区画整理後(平成23年5月16日撮影)

施工後

工事実施状況

  • 整地工

矮小な農地を大区画化しました。

施工中

施工前

施工後

施工後

  • 用水路工

土の水路を漏水が少ないコンクリート2次製品の水路に整備しました。

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施工前

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施工後

  • 排水路工

用排兼用水路から農地の乾田化を進めるため、コンクリート2次製品の水路を整備しました。

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施工前

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施工後

  • 農道工

狭いために大型機械の導入が困難であった農道を拡幅しました。

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施工前

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施工後

小野川まわりや地域の生態系

  • 小野川をはさんだ谷間の素掘り水路には、カスミサンショウウオやホトケドジョウ、マツカサガイなどが棲息し、植物もナツエビネやササユリなど山間地の植物が自生していました。そこで、工事前に、小野川や谷地田付近で、地元の鳥居本小学校の児童と生き物観察会を平成18年7月8日開催しました。観察会では、小野川の生き物調査やニホンタンポポとセイヨウタンポポの見分け方などを先生方から学びました。
  • この取り組みは、大変好評であったので、毎年鳥居本小学校にて出前授業を開催するとともに、また、農村の豊かな自然環境と農業用施設を地域で守る「世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策」の実践組織である「鳥居本西部の資源・環境を守る会」により、地域において継続して実施しています。
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写真:出前授業での集合写真

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写真:地域で繰り広げられる生物観察会

鳥居本西部地区における文化財

古来より交通の要所であった本地区は、以下の2つの文化財遺構が確認されています。
1) 六反田(ろくたんだ)遺跡
2) 佐和山城遺跡

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図:周辺文化財遺構関係図

1)六反田遺跡

  • 六反田遺跡は、彦根市宮田町の東、佐和山町の北の矢倉川が流入する中で形成した扇状地の扇端部に位置しています。
  • 今回の中山間地域総合整備事業に伴う調査により、広範囲にわたって縄文時代から中世の遺構・遺物の存在が明らかになり、大規模な遺跡であることが確認されました。
  • 平成19年度の発掘調査では、縄文時代後期(4000年前)の集落跡、奈良時代から平安時代の集落跡が発見されました。このうち、奈良時代から平安時代の集落跡からは、建物、柵、物流に用いられたとされる河道、荷札として使われた木簡などが見つかり、当地域が琵琶湖を利用した物資流通網の「ターミナル」的な性格を持っていることがわかってきました。
  • 平成20年度の発掘調査では、縄文時代後期(3500年前から2000年前)の集落跡が確認されました。発見された遺構・遺物の中で、注目されるのは、食料貯蔵穴です。貯蔵穴とは、当時の主食料の1つであった木の実(カシ・トチノキ・コナラなど)を貯蔵・備蓄するための設備です。今回は特に、当時の木の実12,000粒以上が腐らず3000年の時を超えて残っていました。このような良好な遺存例はまれなことです。

2)佐和山城遺跡

  • 佐和山は、彦根市東北部、標高約233mの独立丘陵で、北に入り江内湖、西に松原内湖に接し琵琶湖につながっています。また東には、朝鮮人街道と中山道が通る陸の要衝であり、北に朝妻湊、西に松原湊を控え湖上交通の要衝の地でもありました。
  • 平成21年度は、佐和山城に関連する史上初の本格的な発掘調査が実施され、浅井氏と六角氏の抗争の時代(16世紀中頃)と石田三成が在城した時代(1590~1600年)を中心とした武家屋敷の景観を復元する上で貴重な遺跡が確認されました。
  • 主な遺構として、16世紀中頃の土坑、溝などが見つかっています。遺物としては、皿・鉢・茶碗などの土器類、砥石・石臼などの石製品、瓦などが出土しています。
  • 特筆すべきことは、豊臣秀吉が無断使用を禁止した“桐紋”をあしらった桐紋銅製紐金具が出土したことです。このことは、秀吉が三成だけでなくその家臣にも“桐紋”の使用を許していたことが推測され、三成への秀吉の信頼の厚さを物語っています。
  • 今回の調査では、『佐和山城絵図』に記された「侍屋敷」の実在を示すと共に、これまでわからなかった佐和山城の実態を明らかにし、かつ良好な状態で地下保存されていることを明らかになりました。

佐和山城 
鎌倉時代に砦が築かれたのが最初で、戦国時代にはたびたび抗争の地となりました。 
1590年に、石田三成が入城し、大規模な改修を行い、「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われる城へと変貌しました。1600年の関ヶ原の戦いの後には、井伊直政が入城し、1604年、彦根城の築城が開始されると、その後は廃城となりました。 
(なお、佐和山城の石垣や建物の多くが彦根城へ運ばれています。)

お問い合わせ

滋賀県湖東農業農村振興事務所田園振興課
電話番号:0749-27-2222
FAX番号:0749-24-6229
メールアドレス:gh32@pref.shiga.lg.jp
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